未知の銀行業だけにまさに手探り

ヨーカ堂グループだけでなく、ソニーなどが銀行業参入を表明しており、ガイドラインの内容次第では事業計画そのものの変更を余儀なくされる可能性があった。ただ明確なガイドラインが示されることは、それを乗り越えれば新銀行設立の道が開けることを意味していた。公正な物差しを示してくれることは、異業種参入組にとって一歩、前進でもあっ
た。佐藤と氏家が加わり新体制でスタートを切った五月中には、ガイドラインの概要がおぼろげながら伝わってきた。その内容は相当厳しいもので、参入条件として「三年以内の黒字化、五年以内の累損解消」の項目が盛り込まれていた。

普通の新規事業でも三年の黒字化は高いハードルである。未知の銀行業だけにまさに手探りに近かった。六行にしてみても、銀行側の常識で新銀行の事業計画を精査すると採算性に問題があると見ていた。焦点は一日あたりのATM利用件数という新銀行にとって収益の根幹にあたる部分の見積もりだった。ヨーカ堂側と六行はその溝を埋めるべく協議を続けた。ヨーカ堂側か作成した事業計画では、一日一店舗あたりの利用件数は初年度の七十件から五年目には九十五件まで増加すると想定した。これに対し六行はせいぜい六十件しかないと踏んでいた。それは全国にある十三万台のATMの利用状況からはじき出したもので、数字の根拠はしっかりしていた。当時、中堅コンビニのエーエムーピーエムージャパンやファミリーマートがATMを設置していたので、その利用件数を引き合いに出しヨー力堂側に事業計画の修正を迫った。

佐藤や氏家は、セブンーイレブンの一日あたりの来店者数や売上局がほかのコンビニに比べて二割以上多いことなどを説明し、粘り強く説得に当たった。だが、六行は「お金を引き出しに来る人にとっては、どこのコンビニであろうと変わりはないはず」と反対意見を述べた。ただ六行は、あらゆる事柄を数値に落とし込んで検討するヨーカ堂側の強気な見込みは、必ずしも「はったりではない」という認識を持っていた。ある銀行の幹部はセブンーイレブンの強さについて、外部からこんな話を聞いていた。九八年に規制緩和の一環でビタミン剤やドリンク剤の販売が一般の小売店でも解禁になり、コンビニでも扱うことになった。

著名なドリンク剤メーカーはコンビニにおける販売数量を試算した。試算の根拠となったのは、コンビニ各社の店舗数の多寡の比率だった。当時、セブンイレブンの店舗数は七千店を超え、ローソンは五千店を超えていた。この店舗数の割合でドリンク剤も売れると見ていたが、実際にはセブンーイレブンの売り上げはローソンよりも五割近く多かったという。この有名ドリンク剤メーカーには強力なブランドがあり、「どこの店で売られようが自社のブランドカがあるからこのドリンク剤は売れている」と自信を持っていた。ところがセブンーイレブンとローソンの販売実績を知った途端、自信が崩れ去った。

銀行幹部はこのドリンク剤の一件がATMでも当てはまり、ヨーカ堂側の強気の根拠になっているのではないかと考えていた。ヨーカ堂、セブンーイレブン流の経営スタイルを根拠に新銀行の事業計画を立てたところで審査そのものは通るはずはない。事業計画は銀行業界の常識を踏襲し、堅めの数字が求められた。当初計画では三年間で八千台のATM設置だったものを大幅縮小し、五年間で三千五百台にとどめるように軌道修正した。ガイドラインを確実にクリアするための選択だった。