上の妹が凄い見幕で電話してきた

例年の軽井沢行きが近づいたころ、上の妹が凄い見幕で電話してきた。親たちが軽井沢には行きたくないといっている、という。イヤならこなければいい、とこちらの返答は明快である。

しかし妹は、アタマの悪い女の長電話の典型で、話が関係ないところに飛びながらエンドレスに続く。内容がないから、話しているというよりは鳴っているという感じである。その中で、ときどきオヤと思うことがある。アタマのいい母親なら絶対に出さないボロが次々と出てくる。

軽井沢なんて、名古屋から長野を回って、汽車に乗る時開か長くて疲れる、とくる。旅費は十分に渡してある。グリーンの新幹線代をケチつて在来線の普通車に乗り、多少のカネを浮かそうとしているらしい。親はボロの木造なのに、お兄さんたちは広いコテージだそうだし、ともいう。これには驚いた。

軽井沢プリンスに木造の晴山館があったころの話である。あのホテルでは本館の部屋代が一番高い。雨の多い土地だが、濡れた道を食堂まで歩かないで済む。歴史も風格も料金のうちである。

その証拠に音楽祭の指揮者やソリストはここに泊まり、オーケストラのメンバーはコテージに入る。どうせ万事につけてひがみっぽく、人の好意に対しても常に悪口をもって応ずる母親の受け売りに決まっている。軽井沢にいっても着る服がないといっている、ともいう。これも、服を買うカネを寄越せという趣旨の母親の常套句である。