ストックオプション

製造業に対しても同様の政策がとられる可能性がある。たとえば、雇用調整助成金は、本来は労働者の企業間移動を促すための制度だが、現実には構造不況業種に対する賃金補助になってしまっている。また、製品輸入(とくにアジア諸国からの輸入)に対して制限がなされたり、財政上の保護が与えられる可能性もある。しかし、保護では問題ぱ解決せず、生産性は低下するだろう。こうなれば、製造業は農業と同じ道をたどってしまうことになるだろう。「製造業の農業化」が危惧されるのである。こうした政策を転換し、労働市場の流動化を進める必要がある。

もっとも、雇用の仕組みに影響を与える制度改革は、まったく行なわれていないわけではない。ここでは、最近行なわれた改革のなかで最も注目すべき「ストックオプション」について述べる。これは、あらかじめ決めた価格で自社株を購入できる権利を役員や従業員に与える仕組みである。実際の株価が予定価格を上回れば、差額分だげの利前が生じることになる。この制度はベンチャーが人材を集めるための手段として有効だ。将来性はあるが現時点では高い給与を支払えない企業が、優秀な人材を確保するための手段として、米国では広範に利用されている。

ところが日本では、自社株購入に対する制約のため、これまでは使えなかった。九七年六月の改正商法の施行で、それが可能になった。以上のような制度が現実に活用されるようになれば、日本の企業の形態も今後変化してゆくだろう。ところで、ストックオプション制度の活用には、税制の整備が不可欠である。従来の日本の所得税制では、所得が確定すれば、現金収入の有無にかかわらず、課税の対象となることとされていた。したがって、ストックオプションの権利を行使した時点で、時価と行使価格の差額が所得とみなされて課税される。ところが、株を売却しない限り、現金収入は存在しない。したがって、別途納税資金を準備しなければならなくなる。これでは制度はなかなか利用されないだろう。

米国の税制では、一定の条件を満たすオプションについては、株を売却するまで課税が繰り延べられる。日本でも、現在は、ストックオプションに関する課税は米国並になっている。ただし、ここには税制上の大きな問題が含まれている。それは、税制の公平が損なわれることだ。日本の税制では、現金収入がなくとも、所得、が確定すれば、課税の対象となる。もし、「現金収入がない限り課税しない」ということになれば、節税のために人々は所得の帰属年を調整できることとなり、税制は犬混乱に陥るだろう。

米国の年金税制にみられるように、貯蓄のかなりを非課税にするような税制であれば、売却時課税は正当化される。こうした基本的問題にふれることなく、ストックオプションに関する課税のみが変更されたことには、大きな問題がある。